2006年09月08日
矯正治療のリスクと限界 【続】
5.美しい歯並びを持続させるために
長かった治療も終わり、いよいよ装置がはずされる日がきました。待ちに待った瞬間です。装置をはずし、きれいな歯並びを鏡にみたとき、だれもが最高の笑顔を見せてくれます。
治療が終わったばかりの歯並びは、どこも悪いところがなく、パーフェクトの状態になっています。この先もずっと、その完璧な状態を持続させるのは、患者さん自身の努力にかかっています。なぜならば、装置をはずした瞬間から、歯並びは、元の状態に戻ろうし始めるからです。
このような歯の動きは、数年で止まり、やがて安定してきますが、それまでのあいだは、歯のあと戻りをおさえるために、保定装置(リテーナー)を付けておきます。もちろん、あとに戻るといっても、最初の、治療前の状態に戻ってしまうというわけではありません。100%だったものが、90%、80%の状態になってしまうということです。しかし、せっかくきれいになった歯並びです。その状態を維持するように、しっかりと管理してください。
保定の方法には、おもに、着脱可能な保定装置(リテーナー)と数本の歯の裏側に細いワイヤーを接着して安定させる、固定式リテーナーに分けることができ、それぞれにバリエーションがあります。治療前の歯並びの状態により、その症状に合った保定装置を選択することになります。
保定の期間について、以前は、二、三年でよいといわれた時代もありましたが、とんでもありません。20年、30年後の多くの患者さんを観察して、分かることですが、着脱可能なリテーナーは、長く使用すれば、するほどよいのです。いけないのは、結果に満足して、あと戻りのもっとも激しい治療直後のたいせつな時期に、リテーナーを使用しないことです。最初の半年は、昼夜(もちろん、食事やスポーツ、そのほか必要に応じて外してかまいません)、その後の二、三年は、毎晩睡眠中に使用し、やがて、五、六年経過したら週に一、二回夜間使用します。その後は、生涯月数回でも使えるように維持することが、加齢的な変化による噛み合わせの崩壊を防ぐ上でもっともよいとされています。できれば、リテーナーを使用しなくなっても、年一回の定期観察を長期に継続し、チェックを受けることで、歯を健康に保とうという緊張感もより強まるでしょう。
固定式リテーナーは、おもに、着脱式リテーナーの紛失、破損、不使用などによって起こる前歯のデコボコの再発防止に用います。この部分は、もっとも、あと戻りと加齢変化が起こりやすいところなのです。固定式リテーナーは、歯周組織の記憶がほとんどなくなる六、七年後には、外すことが多いのですが、ブラッシングがよくて、むし歯や歯周病のリスクが低く、口腔の健康に不安がない場合には、一生着けっぱなしでもかまいません。
このような「保定」という段階は、治療後の歯並びと噛み合わせのアンチ・エイジングの一つだと考えてください。だれしも、苦労して治療を終え、自分の口もとに自信がもてるようになれば、自ら進んで美しい状態を保とうとする気持ちになるのは、自然なことだと思いませんか。実際に多くの患者さんたちが、健康な口腔内と、歯並び、噛み合わせ、さらに、美しい口元と輝かしいスマイルにプライドを持ち、これを維持するために頑張っています。
歯は、一生動くものです。たとえば、矯正治療が完了しても、親知らずの存在に注意しなければなりません。親知らずがでてくる力で、他の歯も動いてしまうことがあるからです。実際には、それだけでなく、口呼吸や舌癖といった悪習癖、むし歯や歯周病などの疾病が複雑に関係して、噛み合わせの崩壊が起こります。また、年をへて、歯がすり減ったり、バランスが崩れたりすると、それに応じて歯並びも変化していきます。歯の異常なすり減りと噛み合せの崩壊の最大の原因として、睡眠中の歯ぎしりがあります。歯ぎしりは、脳の命令として行う行動とされていますが、特有の心理的要因や性格傾向があるわけではなく、また、歯並び、噛み合わせとの間にも特別な関係は認められていません。つまり、原因の多くは不明で、歯ぎしりをする人は、歯があるかぎり、一生するであろうと考えられています。しかも、歯ぎしりはアンチ・エイジングの大敵であり、高齢者では、歯の喪失の大きな原因の一つです。したがって、歯ぎしりが強い場合は、矯正治療後、歯のすり減り防止と顎関節、関節周辺の筋肉の保護を目的として、通常の着脱式リテーナーの代わりに、噛み合わせの面を薄いプラスチックでカバーした、歯ぎしり用のスプリント・タイプのリテーナーを睡眠中に使用します。これにより、歯の異常なすり減りを抑制し、口腔の健康維持に役立てます。
加齢的な変化は、矯正治療と無関係に、等しく万人に訪れる自然現象です。これに対して、矯正治療後の保定管理という手段を介して、あと戻り防止というだけでなく、アンチ・エイジングの目的までも達成できるとしたら、こんな素晴しいことはないのではないでしょうか。
患者さんが手に入れた、正しい噛み合わせと美しい口元は、貴重な財産です。いつまでもたいせつにしてもらいたいと思います。